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王朝文学文化研究会 


文学文化舎



『古今和歌集』を考える

『古今和歌集』のメッセージ(八)

 

「続萬葉集」から『古今和歌集』へ

「真名序」を読めばわかるように、醍醐天皇の「重詔」によって、『古今和歌集』は誕生した。特に、「続萬葉集」との違いは、『古今和歌集』の本質を知るうえで重要である。「真名序」の言葉を借りれば、「奉れる所の歌を部類し、勒して二十巻」とすることであった。この時点で、『古今和歌集』は、明確な編集方針が立てられたのである。そして、その結果として「二十巻」に「部類」(「部立」と言う)されたわけで、その「二十巻」の在り方、つまり、構造に注目しなければならないのは当然である。以下、その「部立」構造を示してみよう。

巻第一  「春歌上」
巻第二  「春歌下」
巻第三  「夏 歌」
巻第四  「秋歌上」
巻第五  「秋歌下」
巻第六  「冬 歌」
巻第七  「賀 歌」
巻第八  「離別歌」
巻第九  「羇旅歌」
巻第十  「物 名」
巻第十一 「恋歌一」
巻第十二 「恋歌二」
巻第十三 「恋歌三」
巻第十四 「恋歌四」
巻第十五 「恋歌五」
巻第十六 「哀傷歌」
巻第十七 「雑歌上」
巻第十八 「雑歌下」
巻第十九 「雑体」
巻第二十 「大歌所御歌・神遊びの歌・東歌」

この構造については、かつて新井栄蔵氏が指摘されたように、全20巻に亙る「部立」間の対応(対照)構造が特色として見て取れるであろう。下記に列挙してみよう。

「巻第一~巻第六」(四季)と「巻第十一~巻第十五」(恋)
「巻第七」(賀)と「巻第十六」(哀傷)
「巻第八~巻第九」(離別、羇旅)と「巻第十七~巻第十八」(雑歌上、下)
「巻第十」(物名)と「巻第十九」(雑体)

この対応構造を分析するならば、それは、意識的な「部立」の構成配置と言うべきだろう。見て明らかなとおり、そのシンメトリーは、整然たる秩序体として編集されており、これは、『古今和歌集』の全二十巻が、統一された一個の有機体としての「作品」であることを示している。このことこそ、「各々家集」や「古来旧歌」を、そのまま集合させようとした「続萬葉集」との大きな違いと言っていい。

また、新井栄蔵氏は、「巻第二十」が神前における「神歌」であり、「巻第一」から「巻第十九」までは、「人歌」であると言われたのは、まさしく慧眼のなせる指摘であった。この「人歌」、すなわち「人の世」の歌は、その「うた」の本質をそれぞれ「部立」として明確に区分されたのであった。

かつて『萬葉集』は、「巻第二」の成立時に、「巻第一」に遡って部立意識を確立させたが、それが「相聞」「挽歌」「雑歌」のいわゆる「三大部立」であることはすでに述べた。その時点から、時はおよそ二百年が経過した。そして、『古今和歌集』には、このように多様な「部立」が確立したと言えるのであるが、これらの部立群のなかでは、むろん「四季」と「恋」とが、まさしく双璧であることは誰の目にも明らかであろう。

この二大部立を高らかに前面に掲げた姿勢が、『古今和歌集』の精神と言わなければならないだろう。


 

2021.8.28 河地修

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