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王朝文学文化研究会 


文学文化舎



-伊勢物語論のための草稿的ノート-

第85回
命を懸けた恋―「若き男」の「好けるもの思ひ」(40段)(二)

 

「昔の若人」と「今の翁」

第40段の最後の一文、「今の翁、まさにしなむや」は、諸解あるように、なかなか難しい。これは、前文の「昔の若人は、さる好けるもの思ひをなむしける」と連動させて読まなければならないのは言うまでもないが、そういう観点からすれば、「昔の若人」と「今の翁」とが対照されていると考えるほかはない。

このところを単純に考えるならば、「昔の若人」が「今の翁」になっているのではないか、つまり同一人物なのではないか、という理屈になるであろう。しかし、そうだとすると、「今の翁、まさにしなむや」ではおかしいのである。それなら、若い頃は「さる好けるもの思ひ」をしたのだが、「今の翁」が、ほんとうにしたのであろうか、という文脈となるのであって、そのことを表現するなら、「まさにしけむや」と言わなければならないところである。「しなむや」という表現は、これから後のことを推量するわけでおかしい。

そこで、「まさにしなむや」を「まさに死なむや」と解する説も生まれてくるわけだが、これも、「今の翁」が、ほんとうに(もの思いで)死ぬだろうか、いや死ぬわけがない、ということで、これはよく考えてみれば、ほとんど論理破綻の解釈というほかはなかろう。

この「しなむや」は、直前の文にある「しける」を承けての「しなむや」なのであって、「ほんとうに、するだろうか、いやしない、できはしない」という論理で読まなければならない。

常識的に考えるならば、いつの時代でも、命を失うほどの「好けるもの思ひ」=「激しい恋」を「翁」がすることはあるまい。したがって、ここの「翁」を、文字どおりの「老人」とは解釈できないのである。そこで、『新版伊勢物語』(角川文庫)の故石田穣二博士の解のように、「翁」は比喩、すなわち「暗喩」(隠喩)と考えるほかはないのである。すなわち、昔の「若人」は、破滅をも恐れぬ恋をしたものだが、今の「翁」のような分別ある「若人」は、とてもできないだろう、という解釈になるのである。

この「昔の若人はさる好けるもの思ひをなむしける」という語り手のコメントは、初段の「昔人はかくいちはやきみやびをなむしける」という語り手のコメントと同質のものである。初段は、「昔人」は「いちはやきみやび」(激しい色好み)をしたものだが、「今の人」はとてもできないだろう、という隠された主張がある。

『伊勢物語』は、すでに「第二段」で明らかなように、「この京は人の家まだ定まらざりける時」を物語の時代設定の下限とするのであって、それは、具体的に言えば、平安京遷都まもなくのころと考えなければならない。したがって、この物語にある「今」とは、『伊勢物語』の成立時のことであって、それは、『古今和歌集』成立(905)後の十世紀前半のこととしなくてはならない。

それは、藤原北家が、貴族社会をほぼ完全に掌握仕切った時代のことであって、良房―基経の時代を経て、時平―忠平―師輔以降、やがて道長の時代へと続く安定期を確立させた時代であった。この時期、社会の安定と秩序を壊すような「好るもの思ひ」や「いちはやきみやび」などは、すでにこの頃の若者たちから失われていたものだったのである。

このように、『伊勢物語』には、「いにしへ」を賛美する思想、いわゆる尚古思想があることを指摘しておきたいと思う。

 

 

2020.2.24 河地修

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