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王朝文学文化研究会 


文学文化舎



-源氏物語講話-

第34回
「巻名」を考える(四)―「空蟬」


「空蟬(うつせみ)」という言葉

「空蟬」という言葉の初出は、『萬葉集』である。ただし、この場合の漢字表記は、いわゆる「萬葉仮名」と呼ばれるもので、簡単に言えば当て字であるから、萬葉の時代の「ウツセミ」が、生物の「蟬」を意味するとは限らない。『萬葉集』では、実際の蟬は「蟬」という言葉で詠われている。

それでは、「うつせみ」が生物の「蟬」の意味で使用されるようになったのはいつ頃からか、ということなのだが、おそらく平安初期のことではあるまいか。「蟬」を意味する「空蟬(うつせみ)」の初出は、『古今和歌集』(905年)に見られる。次の「詠み人知らず」の歌を指摘すべきであろう。

からはき

空蟬の殻(から)は木ごとにとどむれど魂(たま)のゆくへを見ぬぞ悲しき

(蟬の抜け殻は木の幹ごとに残されているが、そこから抜け出した魂はどこへ行ったのかわからない、そのことが悲しい)

(「巻十」「物名」詠み人知らず)

物の「名」としての「唐萩」を詠み込んだ歌で、「詠み人知らず」の詠である。『古今和歌集』の「詠み人知らず」とは、詠んだ人物の名が伝わっていないということで、それはすなわち、名が伝わらないような階層の人か、あるいは古い時代の和歌で、とにかく詠んだ人の名が伝わっていないということである。この時期は、『古今和歌集』の和歌史において、いわゆる「詠み人知らず時代」と規定される時代で、その時代区分は、古い時代ということになる。

この「空蟬」という言葉であるが、語構成としては「ウツ」と「セミ」とで成り立つことは明らかであろう。「ウツ」とは、空洞の謂いであるから、「ウツセミ」とは空っぽの蟬ということで、つまりは、蟬の「抜け殻」のことと思われる。だが、この歌の「空蟬」は、「空蟬の殻」と言っていることから、「空蟬」とは、厳密に言えば、「蟬の抜け殻」のことではないのである。

結論から言えば、「空蟬」とは「蟬」のことで、それも和歌で詠われる場合に限られるのである。つまり、「歌語」ということになるのだが、むろん、「蟬」が、和歌で詠われないということではない。

「蟬」の意として用いられた『古今和歌集』の「空蟬」の用例を、もう一つ次に掲げてみよう

堀河の太政大臣身罷りにける時に、深草の山にをさめて後によみける

(堀河の太政大臣がお亡くなりになった時に、深草の山に埋葬した後に詠んだ)

空蟬は殻を見つつも慰めつ深草の山煙(けぶり)だに立て

(蟬は飛び去った後の抜け殻を何度も見ることで心を慰めることができた、しかし、人はそうはいかない、せめて深草の山は火葬の煙だけでも立ててくれ)

(「巻十六」「哀傷」僧都勝延)

『古今和歌集』の二首の「空蟬」の歌に共通していることは、その中に「殻」が詠み込まれていることである。「空蟬」と「殻」とが一首に共存することで、蟬の「抜け殻」が強くイメージされ、さらに言えば、その中身(蟬)が飛び去ることまでもが連想されてこよう。

このように、歌語としての「空蟬」は、蟬が「殻」を残して飛び去ってしまったことと、その後の寂寥感までも表している言葉なのである。このことからも、「空蟬」と「殻」とは、縁語の関係にあると言うこともできるのである。


巻名「空蟬」が示唆する最大の見せ場

巻名として提示された「うつせみ」について、『源氏物語』の第一次の読者たち(彰子と女房たちである)は、これを歌語の「空蟬」として認識し、さらに言えば、先に掲げた『古今和歌集』の「空蟬」を詠んだ二首を思い浮かべたのではないか。

しかしながら、巻名提示の時点では、物語(空蟬巻)の内容まで読み取る(予想する)ことは困難であったに違いない。そこで、読者たちは、はたして巻名の「空蟬」には、どのようなメッセージが込められているのか、あるいは、この巻名は物語の内容とどう結びつくのか、といったようなことを考えながら、わくわくしながら読み進めていったものと思われる。

そして、ついに、その種明かしが示される時が来た。それは、言うまでもなく、源氏が小君に手引きをさせ空蟬の寝所に忍び込んだ時の場面である。この場面は、「空蟬」巻最大の見せ場であって、読者としては、今度こそ、源氏と空蟬とは、物語の男女両主人公として、正しく結ばれるに違いないと、それこそ当時の物語総体レベルの次元において、確信したことだろう。

しかし、この物語の作者紫式部は、そういった安易な物語制作の作家ではなかったのである。そのことは、「桐壺」巻において、当該巻のヒロインである桐壺更衣に死を与えることで、実はすでに示されていたことは言うまでもない。ここでもまた、作者は、源氏に深い失望と屈辱を与えるべく、源氏の強引な求愛を空蟬に厳しく拒絶させたのであった。

空蟬は、とっさにそこを脱出するに至るが、源氏は、そこに残った軒端荻を代わりにして共寝をした後、そこにあった空蟬の「脱ぎすべしたると見ゆる薄衣」を手に取って、部屋を出たのであった。

この時の空蟬が脱ぎ置いた「薄衣」が、そのまま「空蟬の殻」として設定されていることは言うまでもない。が、はたして、ここでそのことに気付く読者がいたかどうかはわからない。作者の決定的な謎解きは、次に用意されるところの源氏の詠歌で明らかにされるのは言うまでもない。

空蟬の身を変へてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな

(蟬が身を変えて去った後の木の幹にある抜け殻のように、あなたが残していった薄衣に、憎いとは思うものの、あなたの懐かしい人柄を偲ぶことよ)

この源氏の詠歌に、「空蟬」と「人がら」の「から」に掛けられている「殻」があることに注意しなければなるまい。まさに『古今和歌集』の二首の「空蟬」詠歌と同様であることがわかるであろう。

作者は、こうした特徴を有する歌語「空蟬」によって、この短い物語を構想し、一巻としたのであった。なお、『源氏物語評釈』において、玉上琢彌博士は、「空蟬」巻は巻末の伊勢の和歌に構想を得たとされたが、この歌がヒロイン空蟬の心を代弁するものではあっても、この巻の構想の源泉とまでは言えないのではなかろうか。



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