源氏物語小屏風絵‐胡蝶‐

上:『源氏物語』の「胡蝶」巻で、紫の上は、秋好む中宮の「季の御読経」の催事に際して供華を行ったが、その時の使者として遣わされたのが、「迦陵頻」と「胡蝶」を舞う童子たちであった。庭の舞を見る画面奥の秋好む中宮と光源氏、春爛漫の六条院、西南の町である。

源氏物語小屏風絵-胡蝶-
(個人蔵、江戸初期)

下:「龍頭鷁首を、唐のよそひに、ことことしうしつらひて、楫取の棹さす童べ、皆みづら結ひて、唐土だたせて、さる大きなる池のなかにさし出でたれば、まことの見知らぬ国に来たらむここちして」―『源氏物語』「胡蝶」巻より

源氏物語小屏風絵‐胡蝶‐
特別活動『王朝研探訪調査旅行』

【第三回 王朝研探訪調査旅行】

平成23年度の探訪旅行は、京都。主として源氏物語ゆかりの地を巡った。

   

京都駅に集合後、東本願寺の別邸渉成園まで歩く。昔は河原院跡にも擬せられることもあったが、今は池亭の雰囲気を偲ぶのみである。

 

源氏物語の六条院があったと想定される界隈を歩きつつ、現実の世界に「六条院」の地名があることに驚く。河原院跡の標識の立つ高瀬川沿いにて記念撮影。そこから五条大橋を渡って、いよいよ夕顔が荼毘にふされた鳥部山に入る。「夕顔巻」では鳥部山から望見される清水への参道の灯りの描写が印象的だった。鳥部山から直接清水の境内に回る。

 

今回は、清水寺境内のアテルイ、モレ顕彰碑を訪れる。アテルイ、モレとは、平安初期の征夷大将軍坂上田村麻呂と戦った「みちのく」の勇将たちだ。彼らは田村麻呂に投降し、上京したが、朝廷に処刑された。大和朝廷は、彼らを「蝦夷(えみし)」として嫌悪した。古代「みちのく」のあり方を関係を考えるに格好の手懸かりを与えてくれる。それにしても、清水の参拝客は、この顕彰碑にはほとんど足を止めることはない。

 

初日の最終目的地は平安神宮。平安京初期の唐風文化の雰囲気にひたることが目的だ。

 

夜は懇親会、新入会員も交えていつものにぎやかさだが、料理はイマイチ。

 

二日目は午前9時から京都御所の参観。雨足の強まる中、王朝の内裏を偲ぶ。

 

御所の参観を終えて、染殿跡、廬山寺へと歩く。染殿とは、元藤原良房邸、ここに娘の明子が住んだので、明子を染殿后とも言った。廬山寺は、紫式部住居跡ということで最近は訪れる人も多い。そのまま雨の中を紫式部墓を訪れる。その場所は北大路堀川の交差点近く。ささやかで控えめな墓だが、いかにも紫式部らしい風情を覚える。

 

台風も近づいているので、京都駅にて解散。午後、有志で大原野神社を詣でることにした。JR、阪急バスと乗り継いで、台風の風雨が強まるなか、苦労して参拝。みなさん、お疲れさまでした。


◆2011年9月19日(日)
探訪ルート: 渉成園(枳殻邸)~河原院跡~鳥部野~清水寺アテルイ顕彰碑~平安神宮~懇親会


渉成園(枳殻邸)

河原院跡

清水寺アテルイ顕彰碑

懇親会

◆2011年9月20日(月)
探訪ルート: 京都御所~染殿跡~廬山寺~紫式部墓~平安京大極殿跡~大原野神社


京都御所

平安京大極殿跡

廬山寺

大原野神社

その他の写真をご覧になりたい方は河地先生にご連絡ください。